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千本桜さんの記事が10件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[97151]2018年12月21日
千本桜
[97138]2018年12月17日
千本桜
[97134]2018年12月17日
千本桜
[97133]2018年12月16日
千本桜
[97124]2018年12月15日
千本桜
[97112]2018年12月14日
千本桜
[97109]2018年12月13日
千本桜
[97105]2018年12月12日
千本桜
[97074]2018年12月6日
千本桜
[97056]2018年12月3日
千本桜

[97151] 2018年 12月 21日(金)19:38:43千本桜 さん
広島市の瀬野川中野
[97148] 白桃さん
瀬野川中野

広島県旧瀬野川町の4大字(上瀬野・下瀬野・中野・畑賀)に跨がるDIDの名称は「瀬野川」がふさわしいと感じました。瀬野川は中野を含む旧町名。中野は瀬野川に包含される地区名。当該DIDに占める中野の比重は大きいのですが、瀬野川があれば中野はなくても意味は通じると思った次第です。中野を表記することで、上瀬野から畑賀にかけて広がっているDIDの実態が見えなくなるような、そんな気がする夕日の波止場。間違っていたらごめん。
[97138] 2018年 12月 17日(月)21:48:07千本桜 さん
Re:和田(玖須美)と川奈など
[97137] ekinenpyouさん
「今昔マップ」や「鉄道停車場一覧」など、見させて頂きました。ありがとうございました。DIDに占める大字別の人口までネットで調べることができるんですね。便利な世の中になりましたが、私などは検索の仕方が分からなくて付いてゆけません。昔ながらに国土地理院図を読図して、DIDに占める人口割合を玖須美元和田30%、川奈70%と推測しましたが、大きなズレがなくてホッとしています。
[97134] 2018年 12月 17日(月)01:06:29千本桜 さん
豊田市南部のDID
[97128] k_itoさん
たとえば豊田市南部の若林駅を中心とするDIDは駅名をとるなら「若林」ですが、若林駅が代表するにはおこがましいエリアまで連坦しており、私なら「高岡」と名付けます。

私なりに、そのDID区域の名称を考えてみました。私は地図がないと前へ進めない質なので、グーグル地図をプリントしたものと国土地理院の地形図を用意しました。その地図に大字に相当する町界と町名を書き込み、DID区域をオーバーラップさせます。いちいち地形図に境界線を手書きするのは無駄な行為に見えますが、その作業をして行く中で、未知の世界である豊田市南部へ気持ちが入って行きます。当該地域では昭和43年に大字が廃止され、新しい町名に変更されたようですね。若林駅周辺のDIDは竹町、住吉町、竹元町、吉原町、花園町など、概ね10の町に跨がっているようです。10の地名を連称するわけにはいきません。自己基準ですが、許せるのは3地名までです(それでも難しい場合がある)。いったい、地元ではこの地域を何と言う名で呼び合っているのだろう。少しでも地元の人の感覚に近づきたい。そこで、豊田市の町名一覧を参照しました。すると、当該DIDは「高岡」と言う地区にすっぽり収まっていることが分かりました。これなら、「高岡」と言う名で言い表わせる。そんな思いを抱きつつ、私もこのDIDを「高岡」と名付けます。
しかし、問題が1つ発生。このDIDを「高岡」とすると、同じ高岡地区にあるこちらのDIDを何と呼ぶかです。先約があるので「高岡」は使えず、別の名で呼ばなくてはなりません。大島町と西岡町に跨がっているようです。しかも、ガップリヨツに組み合っていますから、どちらも譲れません。ここはやはり「大島・西岡」または「大島町・西岡町」の連称で行こうかなと思っています。
[97133] 2018年 12月 16日(日)23:20:28千本桜 さん
函南村にできた伊豆仁田駅
[97126] 伊豆之国 さん
そこでやはり気になったのが、なぜ函南村にできた駿豆線の駅が「伊豆仁田」になったのか、と言うこと。

駅が開設された当時の「村名・大字名・駅名」を一覧にしました。駿豆線の駅名は基本的に大字名が由来のようです。ですから、函南駅にはならず伊豆仁田駅になったのだと思います。
明治22年の町村制施行により、中郷村、函南村、韮山村、田中村、北狩野村が誕生。

明治31年、中郷村、大字大場に、大場駅が開設。
大正10年、函南村、大字仁田に、伊豆仁田駅が開設。
明治31年、韮山村、大字原木に、原木駅が開設。
明治33年、韮山村、大字四日町に、北条駅が開設。大正8年、韮山駅に改称。
明治31年、韮山村、大字南条に、南条駅が開設。大正8年、伊豆長岡駅に改称。
明治32年、田中村、大字田京に、田京駅が開設。
明治32年、田中村、大字大仁に、大仁駅が開設。
大正13年、北狩野村、大字牧之郷に、牧之郷駅が開設。
大正13年、北狩野村、大字柏久保に、修善寺駅が開設。

開設年はウィキペディアによりましたが、伊豆仁田駅の開設が大正10年とも11年ともあり、どちらが本当なのか私には分かりません。また、田京駅の開設はウィキペディアで明治32年、角川地名大辞典で明治38年とあり、これもどちらが本当なのかは分かりません。

因に、伊豆仁田駅より遅く開設された牧之郷駅ですが、当時は大字牧之郷に北狩野村役場がありましたから、村名に由来して「北狩野駅」でも良かったはずですが、やはり大字名に由来して「牧之郷駅」になっています。
[97124] 2018年 12月 15日(土)20:13:34【1】千本桜 さん
観光経県値【秋田県】
グリグリさん

なぜ、全都道府県を同一に5区分しなければならないのか、よく理解できないのですが、ここはグリグリさんの「都道府県市区町村」。均一に5区分することがグリグリさんの美意識であり、悦びなのでしょう。そんなことを思いながら、観光経県値「秋田県」をいじくって遊んでみました。

1・「能代・男鹿ブロック」の上小阿仁村を「大館・鹿角ブロック」へ編入する。
上小阿仁村の観光スポットは、五城目町から北秋田市へ抜ける国道285号に面した「道の駅かみこあに」だけと言っても過言でない状況ですが、地理的にも行政的に五城目町より北秋田市との結びつきが深いので、北秋田市と同じブロックに含めたい。

2・「秋田・大仙ブロック」の秋田市を「能代・男鹿ブロック」へ編入し、「能代・男鹿」のブロック名を「秋田・男鹿」に変更する。
男鹿市へ行くのには秋田市を経由することが多く、秋田市と男鹿市を抱き合わせた旅行コース設定が多々考えられます。一方、大仙市・仙北市へは、盛岡や横手を経由することが可能なので、秋田市と抱き合わせない旅行コースも設定できます。秋田市を必要としているのは大仙市・仙北市より男鹿市ではないでしょうか。なので、秋田市と男鹿市を一緒のブロックにしてやりたい。ブロック名から削除された能代がかわいそうですが、ここは観光がテーマと言うことで、涙を飲んで切り捨てごめん。

3・「横手・湯沢ブロック」の美郷町を「秋田・大仙ブロック」へ編入し、「秋田・大仙」のブロック名を「大仙・仙北」に変更する。
美郷町は仙北地方に属しているので、大仙市、仙北市と同じブロックに所属させたい。秋田市を男鹿ブロックへ放出するため、観光ボリュームは減少しますが、角館の桜まつりや大曲の花火大会の集客力は県内指折で、他のブロックと比較しても観光客数は見劣りしない。

それから、あれ?と思ったことを1つ…。連記する場合は「吉永小百合・松原智恵子」のように、主役が先になると思うのですが、「栗原・大崎」、「糸魚川・上越」、「名張・伊賀」、「大牟田・久留米」、「直方・飯塚」などは順序が逆ではないかと思いました。
[97112] 2018年 12月 14日(金)12:59:07【1】千本桜 さん
伊東市IIのDID名
[97091] 伊豆之国さん
こちらも「川奈」で十分、そのほうが簡潔でわかりやすいでしょう。「川奈」は伊豆急の駅名にもありますが、それ以上にゴルフ場の知名度は絶大で、ゴルフをたしなむ人たちにとってはある種の「憧れ」の土地でしょう。わざわざそれ自体が連名地名であり、よその人には全くなじみがない「玖須美元和田」をくっつけて、一時期の銀行名のような、言いにくい長い名前にすることもないと思うのですが。

川奈玖須美元和田に跨がるDIDの命名は、やはり難しいと感じます。観光案内図なら駅の有無や知名度を重視して「川奈」とすることもできますが、これは都市的地域を表したDID図ですから、別の判断基準が必要だと思います。私は川奈と玖須美元和田の人口比率や主従関係の有無を重視したいと考えました。

まず、伊東市のHPで平成27年国勢調査地域別人口を見ると、川奈地区7,023、玖須美元和田5,152とありますが、そのうちDID内に何人住んでいるかまでは分かりません。そこで、国土地理院図を見て人口を推測します。大雑把ですが、伊東市IIのDID人口7,639のうち70%が川奈、30%が玖須美元和田と推測しました。川奈の比率が高いのですが、30%を占める玖須美元和田を無視すことはできません。因に、広島県府中市と福山市新市も連担DIDを形成していますが、比率は府中DID75%、新市DID25%です。この場合、私は25%を占める新市を無視することができずに「府中・新市」と連記するでしょう。

次に、川奈は玖須美元和田を包括できるか、玖須美元和田は川奈に従属できるか、両者の主従関係の有無を考えます。明治20年、竹之内村と和田村が合併して玖須美村となる。明治22年、玖須美など6村が合併して伊東村が成立。この時、旧玖須美村は伊東村の大字玖須美となるのが一般的ですが、そうはならず旧旧村の名も継承し、そこに「元」を冠して大字玖須美元竹之内、大字玖須美元和田となった。昭和48年、伊東市街地を領域とする大字玖須美元竹之内は銀座元町音無町となって消滅。同じく昭和48年、大字玖須美元和田の一部(伊東市街地部)が渚町大原1~3丁目となって玖須美元和田から分離。残された丘陵地帯が玖須美元和田として現在に至っている。つまり、玖須美元和田は明治22年伊東村発足当時から「伊東」の古参メンバーですが、川奈を含む小室村が「伊東」のメンバーとなったのは昭和22年のことである。この来歴からして、玖須美元和田と川奈の間には「別の地域」という意識の壁が残っているように感じられます。

伊東市のHP大字別人口を見ると、市域を宇佐美地区、旧市内、小室地区、対島地区の4つに区分し、玖須美元和田を旧市内へ、川奈を小室地区へ属させているのが分かります。このことから判断して、玖須美元和田と川奈は異なる地域という考えが定着していると考えられます。このような状況を踏まえ、伊東市IIDIDは「川奈・玖須美元和田」の連称が適切ではないかと考えました。
[97109] 2018年 12月 13日(木)20:47:21千本桜 さん
三島市南部のDID
[97091] 伊豆之国さん
「中郷」なる呼び名は私には初耳、とっくに消えた昔の村名を持ち出すのはどうか、と思うのですが。
中郷村は、明治22年に長伏、梅名、大場など16村が合併して誕生し、昭和29年に三島市に編入されて消滅しました。しかし、自治体の中郷村が消えても、「中郷」は公民館、小学校、中学校、交番などの名称として今も使われています。三島市では市域を北上、旧市街、錦田、中郷の4地区に区分しています。これは「中郷」がまだ生きている証でしょう。

想像力を働かせて、次ぎのシーンを創作しました。
9月某日、老人福祉センターを会場に中郷地区の敬老大会が開催された。会場には長伏、梅名、大場など旧中郷村の各地から老人が集まり、昔話に花を咲かせていた。いよいよ来賓の市長祝辞。市長は職務多忙でお疲れ気味。10分遅れで滑り込み、焦りまくって、つい失態をおかしてしまった。「中郷の皆さんおめでとう」と言うべきところを、「大場の皆さんおめでとう」と言ってしまったのだ。老人たちは耳を疑い、会場は静まり返って凍りつく。やがて、大場以外の老人たちからブーイングが沸き起こる。なんで大場の人にだけ「おめでとう」なんだ! ここには梅名・多呂・ 北沢・中島・八反畑・鶴喰・新谷・青木・ 玉川・堀ノ内・平田・松本・ 長伏・御園・ 安久の人たちもいるんだぞ! 失態に気づいた市長の首筋を冷汗が流れていた。

こんなことにならないように、三島市IIのDID名は「大場」でなく「中郷」にしたいと思いました。DIDに限らず、区域に名称を付すときは、命名される側が納得できるかどうかを大切にしたいと思います。もちろん、プライベートなものは命名者が納得すればそれで良いのですが…。

[97107] 伊豆之国さん
この函南町内で唯一でもあるこの人口集中地域を、「町内で唯一だから」と言うことで、果たして町名を取って「函南」と言い切っていいのかどうか、と言うと、町内での位置関係も含め、「やはりいまいちしっくりしない、引っかかるものがある」と言うのが正直なところ、と言うことだったのでした。
お気持ちは分かります。その原因の1つは、「函南」と言う名の大字(近世村)がないので、どこが「函南」なのか的が定まらない。しかも、町の機能中心地から離れたところに函南駅があって紛らわしい。さらに、箱根(別名:函嶺)の南に由来する「函南」と言う、取って付けたような町名も災い?しているのではないでしょうか。

大場駅を含む旧中郷村の地域と、当時の函南村に属していた仁田・間宮などの地域がその当時から連続した集落を形成していたのかどうかは知りませんが、中郷村が「昭和の大合併」で函南と合併せず三島市との合併を取ったのは、やはり三島とのつながりを取った、と言うことなのでしょうか。
私も分からないので、古い時代の地形図を見てみました。明治27年測量の地形図では、間宮、大場、中島、梅名の集落が繋がっているように見えます。中郷村が誕生したときは梅名に村役場が置かれました。
[97105] 2018年 12月 12日(水)17:52:00千本桜 さん
函南町のDID
[97091] 伊豆之国 さん
「函南」と言うと、やはり東海道線の「函南」駅の周辺、と言うイメージです。
中略
伊豆仁田駅周辺を中心とする函南町内のDID名称を「函南」とするのは実態にそぐわず、無理があるのではないかと思います。

伊豆の国さんの考えに反しますが、人それぞれと思って気にしないで読んでください。確かに駅は重要ですが、函南駅は駅名であって地名ではありません。函南駅周辺をもって「函南」と比定すると、他は何なの?「函南」ではないの?になってしまいます。函南町やその周辺の人々は函南町全域を「函南」と思っているので、函南駅から離れた伊豆仁田駅周辺のDIDを「函南DID」と命名しても少しも違和感がありません。

私は次ぎの思考を経た結果、伊豆仁田駅周辺のDIDを「函南DID」と呼ぶことにしました。
函南町のHPによると、平成30年11月末の大字別人口は、平井6,837、柏谷5,595、仁田5,358、間宮4,895(以下省略)の順で拮抗し、互いに譲れぬ互角の関係となっています。駅があると言う理由で「仁田DID」としたなら、仁田以外の大字が「ここは仁田じゃないぞ」と反発しそうな力関係を感じます。見方を変えれば、DID全域を背負って立つほどの傑出した大字がなく、全体をまとめる力があるのは現行町名の「函南」だけで、他に言い換えができない。そんな雰囲気が漂っています。

仁田には駅もあり、かつては町役場もありましたから、多少は他の大字より優位な立場だったかもしれません。でも、実態はどうでしょう。函南町は、函南町の他に伊豆の国市、熱海市などを商圏とする商業都市ですから、たくさんの物販店、飲食店が進出しています。しかし、その多くは仁田ではなく間宮、塚本に立地しています。このことから、現代における函南町の中心は仁田ではなく間宮ではないかと考えました。ピンポイントで指し示すなら、らーめんブッチャー函南店前交差点あたりが地域の中心機能を担い、多くの人が行き交う場所になっているのだろうと推測しました。地元の人は間宮や塚本を「仁田」とは呼ばない。では、どんな地名で呼び合っているのでしょう。

函南町のDIDに立地する店舗の店名を調べてみました。すると、殆どが店名に「函南」を冠しているのが分かりました。スルガ銀行函南支店、JA函南支店、ユニクロ函南店、BOOKOFF函南店、TSUTAYA函南店、静岡トヨタ函南店、しまむら函南店、その他ずらり店名に「函南」を用いています。これは、この一帯が「函南」と言う呼び名で認識されている証でしょう。余談ですが、大河原町役場の斜め向かいに某新聞社の通信部があります。その通信部の名称は、なんと白石通信部。これは立川駅前に八王子店を構えるようなもので超違和感。もし、塚本に立地するTSUTAYA函南店がTSUTAYA仁田店を名乗ったなら受け入れられないでしょう。「函南店」だから受け入れられるのです。

国土地理院図で函南町を見ていると「新幹線」という面白い地名に遭遇します。でも、これは住所には用いられない「区」の名称で、住所は大字の「上沢」を用います。その隣に、これまたぎょっとする「函南」なる地名が記載されています。これもまた「区」の名称で、住所は大字の「平井」を用います。この場所に函南区が設置された経緯は分かりませんが、函南駅との関連性は感じられません。また、区は土地に付された大字名とは異なる性質のものですから、今回のDID命名には影響しないものと考えています。
[97074] 2018年 12月 6日(木)20:34:50千本桜 さん
Re:地元のDIDの命名
[97062] 駿河の民さん
蛇足ですが、韮山から伊豆長岡へのDIDについては「韮山」がいいと思います。
イメージ的には長岡も「韮山」なんですよね…
伊豆長岡駅を含む狩野川右岸は旧韮山町の領域ですから、DID名に韮山の名は入れたいものです。しかし、旧伊豆長岡町の領域も「韮山」の名で表すのは如何なものかと思うのですが…
その辺の感覚的な捉え方は、伊豆地方に馴染みの薄い私より、地元の駿河の民さんの感覚を尊重したいと思います。なので、「イメージ的には長岡も『韮山』なんですよね…」のところを、もう少し詳しく教えて頂けないでしょうか。
[97056] 2018年 12月 3日(月)21:36:00千本桜 さん
Re:伊豆がらみのDIDの名称
[97053] 白桃さん

伊豆がらみのDID名について、私なら下記ようにします。
沼津市、三島市、長泉町、清水町、裾野市に跨がって連担するDID名は「沼津・三島」とします。
「駿豆」だと広域すぎて、的が定まらなくなるので都市名をもって命名したい。沼津単独ではなく「沼津・三島」と連称するのは、両者の都市としての力関係(DID内に集積する都市機能など)が沼津100:三島50程度ではないかと推測するからです。この程度の差だと、沼津の名をもって三島を代弁できない可能性があります。よって、三島の名も必要と考えます。長泉、清水、裾野に関しては「沼津・三島」がそれらを代弁できると思いますので、連称しなくても良いと考えます。

函南町と三島市に跨がって連担するDID名は「函南・中郷」とします。
函南町のDIDは「函南仁田」とせずに「函南」としたいと思います。このDIDは概ね6つの近世村(塚本、間宮、大土肥、仁田、平井、柏谷)に跨がっています。これらの村は明治の合併で函南村を名乗り、すでに129年が経っています。なので「函南」はこれら旧村の総称として定着していますが、「仁田」には総称能力はないと考えます。なので「仁田」を加えて「函南仁田」と表すと弊害が起きる可能性があります。たとえば、この柏谷地区に立って「ここは仁田」ですかと問えば、「違います」と答が返ってくるはずです。また、三島市の大場駅付近に展開するDID名は「大場」とせずに「中郷」とします。このDIDは概ね7つの近世村に跨がっています。これらの村は明治の合併で中郷村を名乗り、「中郷」はこれら旧村の総称として機能しましたが、「大場」には総称能力はないと考えます。現在「中郷」は住所地名から消えていますが、小学校、中学校、公民館などの名称に「中郷」が冠称されています。そのことから判断して、大場駅周辺のDID名は「中郷」がふさわしいかと思います。

伊豆の国市IのDID名は「長岡・韮山」とします。
DIDに占める韮山の比重を考えると、捨てたり伊豆長岡に包含するより、韮山を連称した方が適切だと考えます。

伊東市IIのDID名はグラグラ迷った末に「川奈・玖須美元和田」にするつもりですが、それでも迷う。
このDIDは2つの大字(川奈・玖須美元和田)に跨がっていますが、DID名を「川奈」とした場合、「川奈」は「玖須美元和田」を代弁できるのだろうかという疑問がわきます。なので連称にしたいと思うのですが、問題は大字「玖須美元和田」の来歴の複雑さと名称の長さです。来歴の記述は省きますが、他の大字と違ってどこか不安定さが残る大字です。住民は住所を書くとき「玖須美元和田」と書くでしょう。しかし、日常会話の中でも「玖須美元和田」が用いられるのだろうか? そんな疑問が堂々巡りしています。

いろいろ勝手に書きましたが、DIDの命名は創作活動ですから、いろいろな案があっても良いと思います。異論を唱えたために、白桃さんの創作活動に迷いを生じさせたら、ごめんなさい。気にしないで励んでください。
それから、もう1つ。難問と思われるのは、岐阜市から一宮市にかけて県を跨いで連担するDIDです。まさか「濃尾」なんて命名しませんよね。 


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