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紅葉橋律乃介さんの記事が5件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[79351]2011年9月17日
紅葉橋律乃介
[78869]2011年8月4日
紅葉橋律乃介
[78810]2011年7月23日
紅葉橋律乃介
[77936]2011年4月26日
紅葉橋律乃介
[77876]2011年4月8日
紅葉橋律乃介

[79351] 2011年 9月 17日(土)23:32:53紅葉橋律乃介 さん
北海道での「廃置分合」というもの
[79348] 9月16日(金) 16:10:46【2】 むっくんさん

 旧制度(市制・町村制施行以前)の道内町村を成立順に並べたことがないので、この表は大変興味深いです。細かい点として、#123は「栗沢村」が適当かと。「當麻村」は町制施行時に「当麻町」に改めたのに対して、栗沢は最後まで「栗沢町」と称していましたし。

 詳細はまた調べてみたいのすが、「明治22年」で区切ってしまってよいのかどうか疑問があります。
 本州・四国・九州は明治22~23年を「起点」とするのは納得が行きます。それらの年に市制・町村制を施行しなかった北海道と沖縄もその時代から変遷を記載するのも理解したいところですが、北海道について、明治22年以降はまさに“旧制度”の町村がどんどん設置された時代であり、他府県の「施行時」よりもさらに前の時代? になります。何より、我が岩見沢村が設置された明治17年は一体どうやって記載するのか。これが一番の問題なんですが(笑)。

 それはともかく、#160以降の日付にあるように、北海道区制・町村制施行後も“旧制度”の町村が設置されています。“旧制度”と新制市(区)町村が混在している場合は「市区町村変遷情報」では想定していなかったのではないかと思います。
 北海道民としては、“旧制度”市町村も北海道区制・町村制と並行していた時代もあるので、明治以降なりを一括して記載してはどうか? と考えた次第です。

 日付が「村名」の設置か「戸長役場」の設置かによって当該自治体の考え方が変わって来るようですが、それはまた別の話とします(幌向村→名前は同じで別の領域→南幌町のような例が記載しきれないといったややこしい例も後日へ)。
[78869] 2011年 8月 4日(木)00:25:39紅葉橋律乃介 さん
「北海道 市制町村制施行時の情報に相当する情報について」について
 「市制町村制施行時の情報」に北海道も加わりまして、これで他の都府県と肩を並べることが出来ました。おめでとうございます。

 と言いつつ不可解な点はあるもので、北方領土の6村が現存しているのは納得出来ますが、“本編”である「市区町村変遷履歴情報」では設置や廃止の情報はないものの支庁の区域に含まれている千島3郡(「得撫郡, 新知郡, 占守郡 」)が、その後どうなったのかは特に触れられていません。

 ここで北海道ならでは、というか特有の問題が発生します。実際に「施行時の情報」を見て分かるとおり、町村制は1900年~1923年まで段階的に施行され、実に20年以上も未施行の町村と混在しています。その中で、
[78865] むっくんさん
73 1918(T7).2.1 新設/区制 室蘭区 室蘭郡 室蘭町(, 輪西村, 千舞鼈村, 元室蘭村)
 このような例があります。( )は紅葉橋が勝手に付けたものですが、町村制での室蘭「町」と未施行の“村”との合併(?)は、単純に区制を施行したのみならず「北海道区制」という近代制度が旧室蘭町周辺に広がったことを示します。

 前述の千島3郡を含め、「市区町村変遷履歴情報」の区制や町村制施行以前の支庁の改廃情報では、支庁の設置では区・郡名が、その後の管轄区域変更では村名(倶知安村、富良野村)が見えますが、郡はともかく村名は町村制未施行の村々です。「市制町村制施行時の情報」よりも前の“村”が登場していることで、ではこの2村はいつ設置されたの? という疑問が湧いて来ないとも限りません。

 「北海道町村制」が全道に亘って施行されるまで、未施行の村々にもやはり異動はあったのでしょう(すぐには具体例を示せませんが)。町村制施行後の変遷を載せるのがここでの目的なわけですが、気になるところではあります。

 もっとも大事なことは、未施行の村々は町村制を施行した町村と並存しており、決して施行時に誕生したわけでも無人の荒野だったわけでもないということです。



 ちなみに、わたしが道民だからかも知れませんが、88さんとの認識の違いが出て来ました。hmtさんの意見に近いものがあります。

[78854]88さん
例えば、「二級村」から「一級村」への変更や、「一級町」から「町村制の町」への切り換え、「二級村」から「指定村」への切り換えは、「市制町村制施行後の情報」に相当するものと考え、廃置分合等を伴わないものは、何も表示していません。

[78867]hmtさん
開拓時代の変則的な制度である 北海道二級町村制から、府県における町村制に準じた制度である 北海道一級町村制への「昇格」も、実質的な「自治体の誕生」に近いもので、変遷情報に記録する価値があるのではないでしょうか。

 「一級町村」から「町村制の町村」への切り換え、「二級町村」から「内務省指定町村」への切り換えは、まあ「市制町村制」から「地方自治法」に切り替わったように、実態としてはあまり変わりがないと思われます。
 一方で「二級町村」から「一級町村」へは「昇格」であり、中身が変わっていると言えます。

 この時代の道内の町村は、道外での「町」「村」の2種類ではなく、「一級町」「一級村」「二級町」「二級村」(それと「未施行の村」)の4~5種類あったと認識しています(「二級町」から「一級村」の“昇格”はあり得ませんが…)。


 「内地」に編入された樺太の処遇も気になるところですが、まずは北海道の扱いを…。
[78810] 2011年 7月 23日(土)14:23:06【1】紅葉橋律乃介 さん
控えから
[78809] faithさん
もしかして趣旨を誤解しているかも知れませんが、郡区町村編制法時代は…町でも村でも戸長が職名なのでは?

 [78798]hmtさんがおっしゃったように、町村制施行後は「宿」(「駅」や「浦」「新田」も同様の疑問がありますが)の首長がどう呼ばれていたか、ということではないかと。

 郡区町村編制法下では確かに「○○村戸長」のように呼ばれていたわけですが、町村制では「市長」「町長」「村長」と呼ばれるようになったわけで、“町でも村でもないが郡区町村編制法からの名称をそのまま引き継いだ自治体”の長がどういう職名だったのか。それはわたしも興味があります。
[77936] 2011年 4月 26日(火)21:27:07紅葉橋律乃介 さん
くび長
[77933] k-aceさん
夕張市の鈴木直道市長の任期は今日からの模様。
 夕張市は前市長が市議選立候補により失職しているので、鈴木市長は選挙日の24日から既に市長の任期が始まっています。

 このように任期前後では首長・一般人と立場が大きく変わりますから、新規採用はともかく、これまでに採用したアカウントについては、在任しているかどうかのチェックが日々必要ではないかと思います。退任しているにもかかわらず「首長」と主張してしまうのは、あまり良いこととは思えませんので…。
[77876] 2011年 4月 8日(金)18:27:28紅葉橋律乃介 さん
輝け九万、岩見沢
 合併によって9万人台だった岩見沢市の人口ですが、住基では3月31日現在ついに9万人を割り込みました(89,770人)。4月には若干増えるかも知れませんが、9万人台回復は難しいでしょう。

 国調ではかろうじて90,153人でしたから、唯一の9万都市の記録として刻んでおきたいと思います。

岩見沢市ホームページより 市のプロフィール


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