[76725] hmt さん
妹背
親族呼称というのは,どの言語でも体系立っているように見えて結構複雑ですね。日本語の場合もそうで,本来列島内でできあがった“ピュアなやまとことば”の体系らしきものの上に,全く違った体系を持った中国語由来の漢字語が入って来て,それらが混じりあった上で改めて親族呼称の体系が再構築(中には見当違いの思い込みによる類推も含む)されたもので,やっぱり複雑です。
男から見て女のきょうだいを意味する「妹」の訓は、「いも」が本来の形で
辞書を見ると、「妹(いも)」←→「兄(せ)」とあります。
ここも年長/年少を区別する現代語の あに/おとうと,あね/いもうと とは違って,「せ」(男きょうだい)も「いも」(女きょうだい)も長幼の区別はなかったようです。必要に応じて elder/younger で区別しなくてはならない英語の brother, sisiter と似ているかもしれません。そして,これは hmt さんのご説明にある通り,異性のきょうだいに対する呼び方。「いも」は男から女のきょうだい(現代語の姉または妹),「せ」というのは,女から男のきょうだい(現代語の兄または弟)を呼ぶときの名前です。
同性のきょうだいの間では,年長者(elder)つまり 妹から見た姉,弟から見た兄 は「え」,年少者(younger)つまり 姉から見た妹,兄から見た弟 を「おと」と呼びます。
「え」という呼称は,たとえば 中大兄皇子 の「大兄:おほえ」という呼び名に見ることができます。あるいは干支(えと)の「え」(きのえ:甲,ひのえ:丙,つちのえ:戊,かのえ:庚,みづのえ:壬)。
「おと」には男女の区別なく「弟」という字が充てられました。だから,女性なのに「弟橘媛(おとたちばなひめ)」という名前が成立するのです。「おと」には「乙」という字も当てられました。「乙姫(おとひめ)」とは本来,年長の「大姫(おほひめ)」に対する“年少の娘”という意味です。そして,干支の「と」もこれに由来。
現代語の「いもうと」が「いもひと(妹人)」の転訛であるように,「おとうと」は「おとひと(弟人)」の転訛であると考えることができそうですが,この「いも」と「おと」は元は別の系列の呼称だったのですね。
さらに,「あに」「あね」は別の系列から,この体系に加わったようです。そしてこれらが混じりあい,再構築されて現代語の あに(兄)/おとうと(弟)・あね(姉)/いもうと(妹) という体系ができあがりました。その間に中国語由来の「きょうだい(兄弟)」という語が,“男用”の漢字しか使っていないのに,(日本語では)“男だけ”でなく,“女どうし”あるいは“男女混合”の場合にも使われるようになりました。その場合,「兄弟」という表記が何となくしっくりこないので,「きょうだい」と かな書き するしかない…。
そして古代に立ち戻って,お互いの間を“契(ちぎ)り合った”男女間で互いに「いも(妻)」,「せ(夫)」と呼ぶのは,このきょうだい間の呼称から派生したものなのでしょうね。で,現代の地名に現れる「妹背(いもせ)」というのは,語源である「きょうだい」ではなくて,もっぱら「夫婦」という派生的意味で使われているものだと思います。
「妹尾」の場合は「せのお」
ここで「妹」を「せ」と読ませるのも,このあたりの“複雑な事情”に由来するものなのかもしれませんね。