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むっくんさんの記事が30件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[105787]2022年9月23日
むっくん
[105785]2022年9月23日
むっくん
[105777]2022年9月23日
むっくん
[105774]2022年9月23日
むっくん
[105350]2022年8月27日
むっくん
[105248]2022年8月7日
むっくん
[104941]2022年7月17日
むっくん
[104860]2022年6月25日
むっくん
[104803]2022年6月7日
むっくん
[104776]2022年5月30日
むっくん
[104730]2022年5月19日
むっくん
[104722]2022年5月17日
むっくん
[104721]2022年5月17日
むっくん
[104627]2022年5月8日
むっくん
[104623]2022年5月8日
むっくん
[104622]2022年5月8日
むっくん
[104612]2022年5月8日
むっくん
[104603]2022年5月8日
むっくん
[104506]2022年5月5日
むっくん
[104505]2022年5月5日
むっくん
[104503]2022年5月5日
むっくん
[104459]2022年5月4日
むっくん
[104413]2022年5月3日
むっくん
[104111]2022年3月26日
むっくん
[104104]2022年3月24日
むっくん
[104103]2022年3月24日
むっくん
[103800]2022年1月14日
むっくん
[103792]2022年1月13日
むっくん
[103780]2022年1月13日
むっくん
[103421]2022年1月2日
むっくん

[105787] 2022年 9月 23日(金)21:26:41むっくん さん
第六十一回全国の市十番勝負
問三:霧島市
[105785] 2022年 9月 23日(金)21:20:54むっくん さん
第六十一回全国の市十番勝負
問五:松江市
[105777] 2022年 9月 23日(金)17:38:59むっくん さん
第六十一回全国の市十番勝負
[105776]海辺を飛ぶ鳥さん
ありがとうございました。

問十:大竹市(既解答市のため再答)
[105774] 2022年 9月 23日(金)14:04:46むっくん さん
第六十一回全国の市十番勝負
問一:名古屋市
問二:福井市
問三:野洲市
問四:北茨城市
問五:京田辺市
問六:うきは市
問七:松浦市
問八:安来市
問九:赤穂市
問十:有田市
[105350] 2022年 8月 27日(土)10:57:35【3】訂正年月日
【1】2022年 8月 27日(土)11:06:49
【2】2022年 8月 27日(土)11:09:04
【3】2022年 8月 27日(土)23:45:37
むっくん さん
Re2:飾西郡高浜村と飾東郡高浜村
[105348]サヌカイトさん
「同一郡に同一村(町)名をつけてはいけない」というルール(マナー?)があったのだろうか
明治4年の廃藩置県までは、各藩は複数の村をまとめた○○組(○○郷、○○庄など)という単位で統治していたので、同一郡に同一村名があってもしっかり区別できたため、同一の郡に同一の名称の村は普通に存在していました。

その後、明治5年に大区小区制が施行され、例えば△△県(□□郡)第一大区第三小区●●村もしくは△△県□□郡第三区●●村というような形で表記されることになりました。この時も同一郡に同一村名があっても基本的には区別できたため、同一の郡に同一の名称の村は普通に存在していました。

ところがその後、郡区町村編成法(M11.7.22)が各府県に施行されたことで、大区小区制が廃止されました。この時、今と同じように△△県□□郡●●村という形で表記されることになったのですが、同一郡に同一村名があると区別できなくなり各地で統治に支障が出るようになりました。
そのため、全国的に明治12年から明治17年にかけて、同一郡の同一名称の村は、地域の総称や、東西南北や、上中下などが村の名称に付け加えられる形で村の名前の改称が行われました。

一例として和歌山県乙第238号布達(M12.10.31)で行われた村の名前の改称は以下の通りです。
名草郡 西村→名草郡 山口西村
名草郡 別所村→名草郡 北別所村
名草郡 中村→名草郡 和佐中村
名草郡 中村→名草郡 山東中村
名草郡 黒谷村→名草郡 上黒谷村
名草郡 中ノ村→名草郡 楠見中村
那賀郡 中村→那賀郡 野上中村
那賀郡 中村→那賀郡 猿川中村
那賀郡 中村→那賀郡 毛原中村
那賀郡 中村→那賀郡 麻生津中村
那賀郡 市場村→那賀郡 神野市場村
那賀郡 市場村→那賀郡 名手市場村
那賀郡 宮村→那賀郡 岸宮村
那賀郡 宮村→那賀郡 毛原宮村
那賀郡 宮村→那賀郡 真国宮村
那賀郡 馬場村→那賀郡 田中馬場村
那賀郡 小野村→那賀郡 小川小野村
那賀郡 小野村→那賀郡 岸小野村
那賀郡 上村→那賀郡 名手上村
那賀郡 上村→那賀郡 毛原上村
那賀郡 西野村→那賀郡 名手西野村
那賀郡 西野村→那賀郡 志賀西野村
那賀郡 中畑村→那賀郡 細野中畑村
那賀郡 東野村→那賀郡 志賀野東野村
那賀郡 上野村→那賀郡 最上村
那賀郡 新在家村→那賀郡 風市村
那賀郡 新村→那賀郡 野上新村
那賀郡 新村→那賀郡 池田新村
那賀郡 下村→那賀郡 名手下村
那賀郡 下村→那賀郡 毛原下村
伊都郡 馬場村→伊都郡 北馬場村
伊都郡 馬場村→伊都郡 南馬場村
有田郡 中村→有田郡 東中村
有田郡 中村→有田郡 尾中村
有田郡 大谷村→有田郡 東大谷村
有田郡 中野村→有田郡 上中野村
有田郡 中野村→有田郡 植野村
有田郡 中島村→有田郡 上中島村
有田郡 中島村→有田郡 下中島村
有田郡 金屋村→有田郡 南金屋村
日高郡 神ノ川村→日高郡 西神ノ川村
日高郡 神ノ川村→日高郡 東神ノ川村
日高郡 吉田村→日高郡 東吉田村
西牟婁郡 大谷村→西牟婁郡 西大谷村
西牟婁郡 長瀬村→西牟婁郡 上長瀬村
西牟婁郡 伏菟野村→西牟婁郡 東伏菟野村
東牟婁郡 中村→東牟婁郡 下中村
東牟婁郡 大居村→東牟婁郡 南大居村
東牟婁郡 和田村→東牟婁郡 東和田村
東牟婁郡 和田村→東牟婁郡 下和田村
東牟婁郡 長井村→東牟婁郡 上長井村
東牟婁郡 中野川村→東牟婁郡 西中野川村
東牟婁郡 赤木村→東牟婁郡 西赤木村
東牟婁郡 平野村→東牟婁郡 南平野村
東牟婁郡 大野村→東牟婁郡 上大野村

よって、
兵庫県が市制町村制施行した際、飾西郡と飾東郡両方に高浜村が誕生しました。そして飾西郡と飾東郡は1896/04/01に合わさって飾磨郡となるのですが、それに先立ち飾西郡高浜村は(中略)広村へと改称しています。僕はこれを、郡が合わさることで同じ郡に高浜村が2つできてしまうために、改称せざるを得なかったのではないかとにらんでいますが、いかがでしょうか?
とのサヌカイトさんの推測は正しいと思います。


飾西郡高浜村は1か月ほど前の1896/03/03に広村へと改称
兵庫縣告示第六十九號(1コマ2コマ)では
明治二十三年法律第七十七號ニ依リ内務大臣ノ許可ヲ得テ飾西郡高濱村ヲ廣村ト改稱ス
明治二十九年三月五日 兵庫縣知事 周布公平
とありますので、1896(M29).3.3改称→1896(M29).3.5改称です。>グリグリさん

(余談)広村はのちに八幡村と合併し広畑町となっています
ちなみにこちらは
兵庫縣告示第三百六十號
町村制第三條ニ依リ内務大臣ノ許可ヲ得昭和十六年四月一日ヨリ飾磨郡八幡村ヲ廢シ其ノ區域ヲ同郡廣村ニ編入ス
昭和十六年三月三十一日 兵庫縣知事 坂 千秋
---------------------------
兵庫縣告示第三百六十二號
昭和十六年四月一日ヨリ飾磨郡廣村ヲ廣畑町ト改稱ノ件許可セリ
昭和十六年三月三十一日 兵庫縣知事 坂 千秋
とあります。

以下はグリグリさん宛てで
#7 1894(M27).4.1 分立 飾東郡下中島村 飾東郡 高浜村の一部
兵庫縣告示第八十一號では
町村制第四條ニ依リ内務大臣ノ許可ヲ得飾東郡高濱村ノ内下中島村ヲ分割シ下中島(シモナカシマ)村ヲ新設ス
明治二十七年四月五日 兵庫縣知事 周布公平
とありますので、1894(M27).4.1分立→1894(M27).4.5分立です。
[105248] 2022年 8月 7日(日)22:10:21むっくん さん
若年で当選した首長PART21
>グリグリさん
若年で当選した首長の一覧への情報提供です。
すべて山口県になります。

情報源は山口県選挙史(編・発行:山口県選挙管理委員会、S56.3.31)です。

まずは新規情報です。

高橋 一雄さん
都濃郡中須村
1949(S24).5.28の選挙で38歳で当選。
首長の就任期間は1949(S24).5.28-1954(S29)
任期は2期。
都濃郡都濃町(旧)
1954(S29).12.15の選挙で44歳で当選。
首長の就任期間は1954(S29).12.15-1955(S30)
任期は1期。
都濃郡都濃町(新)
1955(S30).8.12の選挙で45歳で当選。
首長の就任期間は1955(S30).8.12-1963(S38)?
任期は2期。

津穐 孝彦さん
佐波郡富海村
1947(S22).4.5の選挙で35歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.6-1950(S25)?
任期は1期。

内富 弘さん
都濃郡米川村
1951(S26).4.23の選挙で39歳で当選。
首長の就任期間は1951(S26).4.-1954(S29).10.31
任期は2期。

沖 正歌さん
玖珂郡新庄村
1947(S22).4.5の選挙で39歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.-1954(S29).3.30
任期は2期。

中本 武夫さん
玖珂郡余田村
1947(S22).4.5の選挙で39歳で無投票当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.5-1951(S26).4.4
任期は1期。

松田 勲さん
大島郡平郡村
1947(S22).4.5の選挙で投票上位二名となり、1947(S22).4.15の決選投票で33歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.15-1954(S29).4.30
任期は2期。

山本 真太郎さん
熊毛郡伊保庄村
1953(S28).12.20の選挙で、31歳で当選。
首長の就任期間は1953(S28).12.20-1956(S31).9.29
任期は1期。

牛尾 美鶴さん
美祢郡大嶺町
1947(S22).4.5の選挙で38歳で無投票当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.5-1954(S29)
任期は2期。
美祢市(旧)
1954(S29).5.9の選挙で45歳で当選。
首長の就任期間は1954(S29).5.9-1966(S41).5.8
任期は3期。

安元 作十さん
大島郡大島町(旧)
1952(S27).10.16の選挙で36歳で当選。
首長の就任期間は1952(S27).10.16-1955(S30)?
任期は1期。
大島郡大島町(新)
1955(S30).1.31の選挙で39歳で当選。
首長の就任期間は1955(S30).1.31-1967(S42).1.30
任期は3期。
大島郡大島町(新)
1971(S46).1.17の選挙で55歳で当選。
首長の就任期間は1971(S46).1.31-1977(S52)?
任期は2期。

柳居 宏俊さん
大島郡白木村
1947(S22).4.5の選挙で投票上位二名となり、1947(S22).4.15の決選投票で27歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.15-1951(S26).4.14
任期は1期。

中原 健夫さん
大島郡橘町
1959(S34).1.18の選挙で39歳で当選。
首長の就任期間は1959(S34).1?.-1967(S42).1?.
任期は2期。

原田 正直さん
玖珂郡玖珂町
1947(S22).4.5の選挙で39歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.-1951(S26).4.
任期は1期。

富士原 景樹さん
玖珂郡秋中村
1947(S22).4.5の選挙で39歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.-1949(S24)
任期は1期。

吉永 茂さん
熊毛郡平生町(旧)
1947(S22).4.5の選挙で33歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.-1949(S24)
任期は1期。
熊毛郡平生町(新)
1955(S30).1.30の選挙で40歳で当選。そして1958(S33).12.11の選挙で44歳で当選。
首長の就任期間は1955(S30).1.30-1962(S37).12.10
任期は2期。
参考:平生町HP2005町勢要覧(資料編)行政・議会(PDF)

山部 信夫さん
熊毛郡高水村
1955(S30).10.15の選挙で38歳で当選。
首長の就任期間は1955(S30).10.15-1956(S31)
任期は1期。

藤生 仕郎さん
吉敷郡秋穂町
1959(S34).4.30の選挙で39歳で当選。その後、1963(S38).4.30、1967(S42).4.28の選挙でもそれぞれ43歳、47歳で当選。
首長の就任期間は1959(S34).5.7-1971(S46).5.6
任期は3期。
#首長の就任期間は3期とも任期満了したこと、そして2代前の町長が辞任した後、次の町長が1955(S30).5.7の選挙で当選して任期を全うしていることからの推測です。

紀藤 信義さん
厚狭郡船木町
1947(S22).4.5の選挙で34歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.-1948(S23)
任期は1期。

山本 静男さん
厚狭郡船木町
1948(S23).9.9の選挙で37歳で当選。
首長の就任期間は1948(S23).9.9-1952(S27).9.8
任期は1期。

竹中 典久さん
豊浦郡角島村
1951(S26).4.23の選挙で35歳で当選。
首長の就任期間は1951(S26).4.23-1955(S30).3.31
任期は1期。

永田 泰郎さん
佐波郡出雲村
1952(S27).10.5の選挙で38歳で当選。
首長の就任期間は1952(S27).10.5-1955(S30).3.31
任期は1期。

白松 寛さん
阿武郡篠生村
1947(S22).4.5の選挙で39歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.-1951(S26).4.
任期は1期。

松井 剛さん
阿武郡弥富村
1947(S22).4.5の選挙で39歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.-1951(S26).4.
任期は1期。

次に追加情報です。
白地 照彦さん
玖珂郡日積村
前任者辞職による1948(S23).3.1の選挙で当選。
よって就任日は1948(S23).3.1で、就任日年齢は31歳10ヶ月


これで、山口県も大阪府([104722]拙稿)についで、若年で当選した首長をほぼ網羅できたものと考えられます。
[104941] 2022年 7月 17日(日)17:05:08むっくん さん
Re:町制施行時の改称
[104935]グリグリさん

88さんの編集方針は、まずは市制町村制施行時を、現実的には明治初年まで、可能ならば近世村までを目指し、昭和、大正、明治へと遡って一つでも多くの変遷を入力すること、であったはずです([66349][67517][74238])。そして誤りがあれば、適宜修正されておられました。
明治の大合併以前は(1)「全訂 全国市町村名変遷総覧」(監修:自治省行政局振興課、編:日本加除出版株式会社出版部、出版:日本加除出版、1991.8.1)の記載の通りです。明治の大合併は(2)「幕末以降市町村名変遷系統図総覧 改訂版(1,2)(別冊)」(監修:西川治、編・著:太田孝、出版:東洋書林、2000.9.)の記載の通りで、途中からは根拠たる府令、県令をも適宜参照されておられたようです。
他に使用されておられたのは(3)「旧市町村名便覧」(編:日本加除出版株式会社出版部、出版:日本加除出版、1999.4.)、(4)「市町村名変遷辞典 三訂版」(責任編集:楠原佑介、編:地名情報資料室、出版:東京堂出版、2003.8.(3版))、(5)「消えた市町村名辞典」(責任編集:楠原佑介、編:地名情報資料室、出版:東京堂出版、2000.9.)であり、将来的に(6)「地名研究必携」(監修:谷川健一、編・著:滝澤主税、出版:日本地名研究所、2003.5.)を使用される予定でした。
このうち参考情報に載っているのは(1)、版が異なるものが載っているのが(3)(4)です。(2)(5)が掲載されていないのは問題であると思います。

さて、埼玉県秩父郡下吉田村、及び福島県相馬郡原町村ですが、(1)の記載のまま、もしくは単なる入力の誤りのいずれかだと考えています。これら2件及び山形県東置賜郡高畠村は、町制/改称へと「改称」を入れればいいのではないかと考えています
#落書き帳での「どこまでを町村の名称とすべきか」ということの初出は、[104939]サヌカイトさんにあるように、[86677]拙稿(野村→野村町)ではないかと思います。

ちなみに官報第四二八七号附録(明治三十年十月十四日)では
○廳府縣公報
○町村名稱及合併等
相馬郡原町村ヲ原町ト改稱セリ
明治三十年十月 福島縣
とありました。
[104860] 2022年 6月 25日(土)15:20:20むっくん さん
若年で当選した首長PART20
>グリグリさん
若年で当選した首長の一覧への情報提供です。
すべて兵庫県になります。

情報源は(1)兵庫縣選擧大鑑(編:兵庫県選挙管理委員会、1952)、(2)兵庫県市町村合併史(上)(下)(編:兵庫県総務部地方課、出版:兵庫県、1962)です。(1)に40歳未満で当選と記載されていた方を見つけた後、(2)で就任期間を調べました。

まずは新規情報です。

澤井 利一さん
明石郡奥吉川村
1947(S22).4.5の選挙で39歳で無投票当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.23-1955(S30).6.30
任期は3期。

上中 一郎さん
有馬郡高平村
1947(S22).4.5の選挙で38歳で無投票当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.-。
1956(S31).9.30に三田町の一部となって消滅したことより任期は1-3期。

横山 孜さん
揖保郡赤松村
1947(S22).4.5の選挙で34歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.10-1949(S24).6.13
任期は1期。

能勢 村次さん
氷上郡吉見村
1947(S22).4.5の選挙で39歳で無投票当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.7-1951(S26).3.31
任期は1期。

土井 正義さん
津名郡野島村
1947(S22).4.5の選挙で39歳で当選。
首長の就任期間は1947(S22).4.10-1951(S26).4.4
任期は1期。

岩本 郁二さん
加西郡下里村
1947(S22).9.10の選挙で32歳で無投票当選。
首長の就任期間は1947(S22).9.10-1951(S26).9.9
任期は1期。

高木 悦郎さん
養父郡宿南村
1947(S22).10.31の選挙で34歳で無投票当選。
首長の就任期間は1947(S22).10.31-1949(S24).5.31
任期は1期。

山本 貫一さん
赤穂郡船坂村
1948(S23).1.10の選挙で36歳で当選。
首長の就任期間は1948(S23).1.13-1948(S23).4.26
任期は1期。

仲野 一郎さん
津名郡阿那賀村
1950(S25).5.12の選挙で38歳で無投票当選。
首長の就任期間は1950(S25).5.12-1957(S32).6.30
任期は2期。

増田 卓爾さん
津名郡灘村
1950(S25).6.10の選挙で38歳で当選。
首長の就任期間は1950(S25).6.10-1955(S30).4.6
任期は2期。

次に追加情報です。

山上 晶さん(三原郡伊加利村)
[97678]拙稿では
(2)では就任期間はS23.4.5からとあったが、(1)のS22.4.7の新聞で当選とあることより、S22.4.に修正した。
と書きましたが、今回の情報源の(1)によるとS22.4.5の選挙で無投票当選であったため、単に(2)兵庫県市町村合併史(下)の誤植と判断でき、就任期間はS22.4.5からとなります。

鈴木 啓二さん(津名郡仁井村)
[97678]拙稿では
(2)では就任期間は-1951(S26).4.12とあるが、任期は当時は4年までで延長が無かったので1951(S26).4.7までと推測される。
と書きましたが、今回の情報源の(1)によると1949(S24).12.15に再選していますので、
就任期間は1947(S22).4.8-1951(S26).4.12
任期は2期
となります。

石古 勲さん(加東郡社町)
就任日は1970(S45).3.19
就任日年齢は39歳1ヶ月です。
参考:兵庫県自治名鑑創立三十周年記念(編・出版:兵庫県町村議会議長会、1979)

最後に、以前の[97678]拙稿(神戸新聞)と今回の調査での兵庫縣選擧大鑑での年齢の明らかな食い違いが3人の方でありました。
昭和22年の統一地方選挙のデータの年齢には、確たる裏付けをとる必要性があるようです。

氏名神戸新聞([97678]拙稿)兵庫縣選擧大鑑
立花 唯一さん(三原郡広田村)35歳65歳
西山 謙三さん(氷上郡竹田村)39歳59歳
奥田 武夫さん(城崎郡清滝村)34歳41歳
#他の方でも年齢の食い違いはありましたが、すべて40歳未満で収録の可否に影響を及ばさないのでここには記載しませんでした。
[104803] 2022年 6月 7日(火)18:12:29むっくん さん
徳島県名東郡北井上村祖母ヶ島、岡山県和気郡英保町から吉永町への改称
[104794]サヌカイトさん
徳島県阿波郡柿島村
柿原と知恵島の合成ですが、明らかに吉野川をまたいでいるんですよね。幅が広い川として有名な吉野川を。つかんぼやとの四方山話で例示されるほどの吉野川を!さすがに不便だったのか1957年に廃止される際、吉野町と鴨島町に分割されています。
このお話からも分かりますが、郡も吉野川を跨いでいました。
名東郡は吉野川の南側にあると思いがちですが、近世村単位で見ますと、祖母ヶ島(うばがしま)村は名東郡のうち唯一、吉野川(かつては別宮川と呼ばれていました)の北にある村でした。
参考:天保国絵図(阿波国)
その後、明治二十二年の市制町村制施行時には、吉野川以南の村々と合併し名東郡北井上村の一部となりましたが、現在は板野郡藍住町東中富の一部となっており、いつの間にか吉野川の北側の板野郡所属になってしまっています。
参考:四国社会資本アーカイブス2コマ

兵庫県の公報である兵庫縣報第二千四百五十五號昭和二十三年四月二十四日p6彙報では
村境界變更について
徳島縣名東郡新居村北新居字名田及び同郡北井上村東黒田字小塚、同村祖母ヶ島の全地域を、昭和二十三年四月一日から板野郡藍園村の區域に編入せられた旨の通知があつた。
とあります。
Wikipedia公益財団法人徳島県市町村振興協会発行の徳島県市町村要覧令和3年度版(PDF)45コマでも
昭和23年4月1日名東郡新居村名田,北井上村小塚,北井上村祖母ヶ島,藍園村に編入合併
との記載があります。現状で、徳島市に吉野川の北にあるまとまった区域は存在しません。そこで市区町村変遷情報に
# 1948(S23).4.1 境界変更 板野郡藍園村 板野郡 藍園村, 北井上村の一部(大字祖母ヶ島)
を追加することになります。>グリグリさん


兵庫縣報がらみでもう一つ紹介します。

以前岡山県和気郡英保町から吉永町への改称が話題となりました。

兵庫縣報第二千五百二十三號昭和二十三年十一月十八日p3彙報では
町の名稱變更について
岡山縣和氣郡英保町は、その名稱を吉永町に改め、十一月一日から施行せられた。
とありました。

それでは岡山県公報記載の岡山県告示ではどうかといいますと、
岡山縣告示第五百七十七號
和氣郡英保村を英保町とし、昭和二十三年十月二十日から、これを施行する。
昭和二十三年十月八日 岡山縣知事 西岡廣吉

岡山縣告示第六百四十七號
和氣郡英保町は、その名稱を吉永町に改め、昭和二十三年十一月一日から、これを施行することを許可した。
昭和二十三年十月二十五日 岡山縣知事 西岡廣吉
とあり、市区町村変遷情報の
#177 1948(S23).10.20 町制 和気郡英保町 和気郡 英保村
#178 1948(S23).11.1 改称 和気郡吉永町 和気郡 英保町
は正確で、英保町は12日間だけ存在しました。
[104776] 2022年 5月 30日(月)21:10:09むっくん さん
女流棋士
木村朱里さんが6月から女流棋士2級に

関西研修会B2クラス所属の木村朱里さん(13歳)から、女流棋士資格申請書が提出されました。2022年6月1日付で、関西本部所属の女流棋士2級になります。女流棋士番号は79です。
木村さんは滋賀県高島市出身だそうです。

棋士・女流棋士の滋賀県出身者は初です。
[104730] 2022年 5月 19日(木)13:00:00【2】訂正年月日
【1】2022年 5月 19日(木)15:08:27
【2】2022年 5月 19日(木)15:23:44
むっくん さん
Re:情報提供関連
[104729]Nさん
和田 康臣さん(泉北郡南池田村)
就任期間は1947(S22).4.-1956(S31).8.31
こちら誤植で就任期間は1951(S26).4-ですかね。
これは確かに誤植です。ただ、[104722]拙稿は30時間以上の時間が経過して訂正できません。
若年首長の登録の際、就任期間は1951(S26).4-でよろしくお願いします。>グリグリさん

[104728]グリグリさん
抜けている情報提供対応がありましたらお知らせください。
把握されておられるのなら申し訳ありませんが、
[99923]拙稿([99930]でグリグリさんが対応中)
[102330]拙稿
[104111]拙稿([104113]でグリグリさんが対応中)
がありました。

#11年前に市区町村変遷情報の記載が明治22年まで完成した([78755]88さん)際に、その記載に誤りがある箇所(100箇所超)に対しての記事も当方で作成しましたが、投稿のタイミングがないまま今に至ります。

【追記】
若年で当選した首長の参考文献の情報提供です。
各都道府県選挙管理委員会は、国政選挙(衆議院議員、参議院議員)及び県政選挙(県知事、県議会議員)の記録を取りまとめて書籍化しますが、県下の市町村の首長選挙の記録を取りまとめて書籍化している所もあります。
大阪府や愛知県のように、一覧としてまとめている所は少ないかもしれませんが、若年首長が比較的多い昭和26年と昭和30年の統一地方選挙の市町村長選挙の記録は、見つかる可能性が高いと思います。
[104722] 2022年 5月 17日(火)13:11:02【1】訂正年月日
【1】2022年 5月 17日(火)13:14:34
むっくん さん
若年で当選した首長PART19
グリグリさん
若年で当選した首長の一覧への情報提供です。

◎岐阜県
辻 善治郎さん(加茂郡福地村)
選挙立候補者締め切り日の1955(S30).5.2に他の誰もが現れなかったため無投票当選。
1955(S30).5.2?3?の時点で36歳。
選挙日及び村長就任日は1955(S30).5.3以降と考えられます。
福地村は1956(S31).9.30に八百津町へ編入されましたが、1955(S30).5.以前も村長をしていた可能性があるため、任期は1-3期と考えられます。
#生年月日は1918(T7).5.3-1919(T8).5.3の間と考えられます。
参考:S30.5.3中日新聞

◎岐阜県の追加情報
楠 紀章さん(郡上郡牛道村)
[103295]拙稿とは年齢が異なりS30.5.2岐阜タイムスによると35歳とありました。

◎三重県
水谷 直弘さん(員弁郡西藤原村)
1951(S26).4.23の選挙で当選(無投票当選か投票が行われての当選かの記載はありませんでした)。
1951(S26).4.23の選挙日年齢は25歳
1955(S30).4.3に新設合併で藤原村となりましたので、任期は1期と考えられます。
#生年月日は1925(T14).4.24-1926(T15).4.23の間。
参考:S26.4.26東海夕刊新聞

◎熊本県
遠山 久八さん(球磨郡五木村)
1983(S58).4.24の選挙で当選。
就任期間は1983(S58).4.-1985(S60).11.16以前
1983(S58).4.24の選挙日年齢は39歳。
任期は1期
#生年月日は1943(S18).4.25-1944(S19).4.24の間。
参考:熊本県選挙の歩み追録(昭和53年~昭和62年)(著:熊本県選挙管理委員会、1988.3.)

◎愛知県
小田(おだ) 悦男(えつお)さん(幡豆郡幡豆町)
1933(S8).1.23生まれ
1967(S42).2.4の選挙で当選。
就任期間は1967(S42).2.-
就任日年齢は34歳0-1ヶ月
任期は1期
参考:愛知の選挙二十年(II)地方選挙篇(編:愛知県選挙管理委員会、1989)
#参考資料は以前[94749]拙稿で紹介した愛知の選挙二十年. 地方選挙篇(愛知県選挙管理委員会, 1966)の続編で、S42-S61年末まで網羅したものになります。

◎愛知県の追加情報
村瀬 輝二さん(海部郡弥富町)
就任期間は1967(S42).2.までなので任期は3期となります。
参考:愛知の選挙二十年(II)地方選挙篇(編:愛知県選挙管理委員会、1989)

林 建伸さん(西春日井郡清洲町)
1973(S48).4.22の選挙に立候補せず引退とのことなので、1965(S40).5.4の再任後の任期は2期となります。
参考:愛知の選挙二十年(II)地方選挙篇(編:愛知県選挙管理委員会、1989)

◎大阪府
参考資料は原則として、大阪府知事・市町村長選挙結果一覧(昭和22年~平成元年執行)(著:大阪府選挙管理委員会、1989)です。
#様々な方の選挙日年齢を見る限り。昭和22年4月5日選挙の年齢の信憑性が他の年度の選挙に比して劣ります。

西野 米治さん(南河内郡日置荘村)
1947(S22).4.5の選挙で無投票当選。
就任期間は1947(S22).4.5-1947(S22).6.4以前
1947(S22).4.5の選挙日年齢は37歳
任期は1期
#生年月日は1909(M42).4.6-1910(M43).4.5の間。

赤坂 喜一郎さん(泉北郡山滝村)
1947(S22).4.5の選挙で当選。
就任期間は1947(S22).4.-1948(S23).3.31
1947(S22).4.5の選挙日年齢は37歳
任期は1期
#生年月日は1909(M42).4.6-1910(M43).4.5の間。

箕林 信雄さん(三島郡山田村)
1947(S22).4.5の選挙で当選。1951(S26).4.23の選挙で無投票当選。1955(S30).8.21の選挙で当選。
就任期間は1947(S22).4.-1955(S30).4.22、1955(S30).8.-1955(S30).10.14
1947(S22).4.5の選挙日年齢は39歳で、1951(S26).4.23の選挙日年齢は42歳。(上述の通り昭和22年4月5日選挙の年齢の信憑性が低いことより初当選は38歳とした方がよいと思います。)
任期は2期と1期で通算3期。
#生年月日は1908(M41).4.24-1909(M42).4.23の間。
#1955(S30).8.21の選挙で当選とは大阪府年鑑昭和32年版(編・出版:新大阪新聞社、1957)による。

岸田 悦男さん(三島郡阿武野村)
1947(S22).4.5の選挙で当選。
就任期間は1947(S22).4.-1947(S22).12.31
1947(S22).4.5の選挙日年齢は37歳
任期は1期
#生年月日は1909(M42).4.6-1910(M43).4.5の間。

松村 清一さん(南河内郡東条村)
1952(S27).2.3の選挙で当選。1956(S31).2.1の選挙で無投票当選。
就任期間は1952(S27).2.3-1957(S32).1.14
1952(S27).2.3の選挙日年齢は39歳で、1956(S31).2.1の選挙日年齢は43歳。
任期は2期
#生年月日は1912(M45).2.4-1913(T2).2.1の間。

和田 康臣さん(泉北郡南池田村)
1951(S26).4.23の選挙で当選。1955(S30).4.30の選挙で無投票当選。
就任期間は1947(S22).4.-1956(S31).8.31
1951(S26).4.23の選挙日年齢は31歳で、1955(S30).4.30の選挙日年齢は35歳。
任期は2期
#生年月日は1919(T8).5.1-1920(T9).4.23の間。

仲辻 正巳さん(南河内郡埴生村)
1947(S22).4.5の選挙で無投票当選。
就任期間は1947(S22).4.5-1948(S23).12.7以前
1947(S22).4.5の選挙日年齢は34歳
任期は1期
#生年月日は1912(M45).4.6-1913(T2).4.5の間。
埴生村 (大阪府) - Wikipediaでは後の南大阪町長をも務めたとありますが、これはWikipediaの誤りの可能性が高いです。

田中 寿雄さん(北河内郡大和田村)
1947(S22).4.5の選挙で無投票当選。1953(S28).4.16の選挙で当選(無投票当選か投票が行われての当選かは不明)。
就任期間は1947(S22).4.5-1948(S23).6.7以前、1953(S28).4.16-1956(S31).9.29
1947(S22).4.5の選挙日年齢は36歳で、1953(S28).4.16の選挙日年齢は42歳。
任期は1期と1期で通算2期
#生年月日は1910(M43).4.17-1911(M44).4.5の間。

清水 正三さん(中河内郡英田村)
1947(S22).4.5の選挙で無投票当選。1951(S26).4.23の選挙で当選。
就任期間は1947(S22).4.5-1955(S30).1.14
1947(S22).4.5の選挙日年齢は34歳で、1951(S26).4.23の選挙日年齢は38歳。
任期は2期
清水 正三さん(河内市)
1955(S30).2.20の選挙で当選。1959(S34).2.1の選挙で無投票当選。1964(S39).3.15の選挙で当選。
就任期間は1955(S30).2.20-1960(S35).2.29、1964(S39).3.18-1967(S42).1.31
1955(S30).2.20の選挙日年齢は42歳で、1959(S34).2.1の選挙日年齢は46歳で、1964(S39).3.15の選挙日年齢は51歳。
任期は2期と1期で通算3期
#生年月日は1912(M45).4.24-1913(T2).2.1の間。

中 克人さん(泉南郡熊取町)
1956(S31).7.22の選挙で当選。
就任期間は1956(S31).7.22-1958(S33).12.31
1956(S31).7.22の選挙日年齢は38歳。
任期は1期
#生年月日は1917(T6).7.23-1918(T7).7.22の間。
#就任期間は熊取町HPでは1956(S31).7.23-1958(S33).12.31でした。しかし選挙日の前日時点で既に町長が居られないため、大阪府知事・市町村長選挙結果一覧(昭和22年~平成元年執行)(著:大阪府選挙管理委員会、1989)の方が法的には正しいと判断しました。

田中 武さん(泉南郡岬町)
1960(S35).6.5の選挙で当選。
就任期間は1960(S35).6.5-1958(S33).12.31
1960(S35).6.5の選挙日年齢は37歳。
任期は1期
#生年月日は1922(T11).6.6-1923(T12).6.5の間。

梅川 政治さん(南河内郡山田村)
1947(S22).4.5の選挙で無投票当選。1951(S26).4.23の選挙で無投票当選。
就任期間は1947(S22).4.5-1955(S30).4.22
1947(S22).4.5の選挙日年齢は36歳で、1951(S26).4.23の選挙日年齢は40歳。
任期は2期
#生年月日は1910(M43).4.24-1911(M44).4.5の間。

山田 朗さん(南河内郡河内村)
1951(S26).4.23の選挙で無投票当選。1955(S30).4.30の選挙で無投票当選。
就任期間は1951(S26).4.23-1956(S31).9.29
1951(S26).4.23の選挙日年齢は35歳で、1955(S30).4.30の選挙日年齢は39歳。
任期は2期
#生年月日は1915(T4).5.1-1916(T5).4.23の間。

土井 一郎さん(南河内郡中村)
1947(S22).4.5の選挙で無投票当選。1951(S26).4.23の選挙で無投票当選。
就任期間は1947(S22).4.5-1955(S30).4.22
1947(S22).4.5の選挙日年齢は33歳で、1951(S26).4.23の選挙日年齢は37歳。
任期は2期
#生年月日は1913(T2).4.24-1914(T3).4.5の間。

光田 源一さん(南河内郡丹南村)
1955(S30).4.30の選挙で無投票当選。
就任期間は1955(S30).4.30-1955(S30).5.31以前
1955(S30).4.30の選挙日年齢は29歳。
任期は1期
#生年月日は1925(T14).5.1-1926(T15).4.30の間。

佐野 浩さん(泉北郡和泉町)
1947(S22).4.5の選挙で無投票当選。
就任期間は1947(S22).4.5-1951(S26).4.4
1947(S22).4.5の選挙日年齢は39歳11ケ月
任期は1期
#大阪府議会史第5編(編:大阪府議会史編さん委員会、出版:大阪府議会、1980.3.)では生年月日は1909(M42).4.6

◎大阪府での追加情報
深田 丈夫さん(三島郡味舌村/味舌町)
1947(S22).4.5の選挙で無投票当選より、就任日は1947(S22).4.5。
参考:大阪府知事・市町村長選挙結果一覧(昭和22年~平成元年執行)(著:大阪府選挙管理委員会、1989)

村主 好啓さん(南河内郡黒山村)
生年月日は1907(M40).8.28より就任日年齢は39歳7-8ケ月です。
#大阪府知事・市町村長選挙結果一覧(昭和22年~平成元年執行)(著:大阪府選挙管理委員会、1989)によりますと、1947(S22).4.5の選挙で当選し、1947(S22).4.5の選挙日年齢は41歳とありました。しかし、選挙結果調昭和30年執行(著:大阪府選挙管理委員会、1955)及び大阪府議会史第5編(編:大阪府議会史編さん委員会、出版:大阪府議会、1980.3.)によりますと、1955(S30).4.30の府議会議員選挙の当選者資料にはM40.8.28生まれとありました。


これにて北海道(昭和23年以降)、青森県(昭和26年以降)に加えて愛知県(昭和23年-61年)、大阪府(昭和22年-平成元年)がほぼ網羅できました。
特に大阪府は、若年で当選した首長が一番多いと考えられる昭和22年(おそらく40%弱になると推測しています)を初めて網羅できた都道府県になりました。
[104721] 2022年 5月 17日(火)13:04:15むっくん さん
第60回十番勝負感想文
今回は解けないから見送りだろう、と思っていたのですが・・・

問二:正答で「か」ばかりが並んだので気付きました。
ということで、取り敢えず一問を答えました。その後、他の問題もヒントを待ちつつ、考えることになり、

問四:若年で当選した首長の新規調査をする過程での大阪府羽曳野市より、新設合併で市の名称が変更になったところならば正答である、と考えました。
若年で当選した首長は別稿で投稿します。

問一:想定解数が60市となったことより、何かのランキングであるというところより分かりました。
問三、問五:人口があれば面積、人口密度もあるであろうことより分かりました。
問六:第二ヒントのアナグラムが解けたことより分かりました。
問八:第三ヒントのストリートビューより千畳敷スキー場が辺りにあったことより地名コレクションだと分かりました。
問七:第四ヒントで線引きが分かりました。これを気付けないとは、自分にがっくりです。
問九:想定解数が62市と60市と異なったことよりランキング上位と気付けませんでした。第四ヒントで共通項に気付きました。
問十:第四ヒントより、なぜか日本遺産と考えました。Google検索で日本遺産を調べたら、世界遺産のサイトが上位に出てきて共通項に気付きました。

、と気付いたら、十問完答していました。十番勝負を幾度も完答したことがあると、
【注意事項】
(6)ゴールデンウィークの大切な時間を損なう恐れと勉学や仕事への重大な影響が考えられます。また、十番勝負への依存が生じる場合があります。個人の責任において参加されることをご了解願います。
とあるように、十番勝負には、一問答えてしまうと完答したくなってしまう中毒性があるようです。
[104627] 2022年 5月 8日(日)22:13:42むっくん さん
十番勝負
問十:奈良市
[104623] 2022年 5月 8日(日)21:28:09むっくん さん
十番勝負
問九:富士吉田市
[104622] 2022年 5月 8日(日)21:21:40むっくん さん
十番勝負
問七:水戸市
[104612] 2022年 5月 8日(日)13:50:09むっくん さん
十番勝負
問八:沼田市
[104603] 2022年 5月 8日(日)00:08:00むっくん さん
十番勝負
問六:刈谷市
[104506] 2022年 5月 5日(木)14:45:21むっくん さん
十番勝負
問五:明石市
[104505] 2022年 5月 5日(木)14:42:36むっくん さん
十番勝負
問三:下呂市
[104503] 2022年 5月 5日(木)14:21:39むっくん さん
十番勝負
問一:東大阪市
[104459] 2022年 5月 4日(水)00:51:20むっくん さん
十番勝負
問四:東近江市
[104413] 2022年 5月 3日(火)19:23:45むっくん さん
十番勝負
問二:鹿屋市
[104111] 2022年 3月 26日(土)16:25:46【2】訂正年月日
【1】2022年 3月 26日(土)18:38:56
【2】2022年 3月 26日(土)23:04:38
むっくん さん
市区町村変遷情報の変更種別について
[104078]白桃さん
「村」が「町」になるというのは、法的には、「町制」ではなく単なる「名称変更」であったのではないか、これが私の推測です。
しかし、そうなると、三本松村→三本松町のような「一日限りの『町』」ではない場合もすべて「名称変更」になりますね。
それはそれでいろいろ問題が出て来るとは思いますが、少なくとも、地方自治法施行前の「町制/改称」の表示は「改称&(村→町)」あるいは「改称&(町制)」にすべきではないかと考えます。
市制町村制の時代の法律書では
〇〇村→〇〇町・・・町村変更
〇〇村→●●村・・・改称(名称変更)
〇〇町→●●町・・・改称(名称変更)
とする事例が多いようです。

[104079]グリグリさん
あまり詳しくなく検証も不十分ですが、単純に考えると、1947年の地方自治法施行以前の「町制」「村制」をすべて「町村制」に変更し、「◯◯村 → ◯◯町」は「改称」と整理すると分かりやすいのかなと思いました。

以前の編集長であった88さんは[78998] にて
「法律」が「市制」「町村制」の2つの法律、「制度」が「市」「町」「村」の3制度、です。
「町村制」は、「『町』という制度」及び「『村』という制度」を規定した法律の名称です。
このため、「町村制」という制度ではありません。
とされました。そのため「◯◯村 → ◯◯町」の変更種別を町制という表現をされました。
現在の「地方自治制」も「『市』という制度」及び「『町』という制度」及び「『村』という制度」を規定した法律の名称ですので、現在も「市制」、「町制」、「村制」という表現をされています。

しかしながら「町制」と「村制」とをあえて区別して記載しない立場
[79006]hmtさん
普通のケースでは、町村制施行時に成立した○○町は 単に変更種別“町村制”と記せば十分であると思われます。
もあると考えられます。今回のグリグリさんではこちらの立場を採られたということと推察します。
こちらの立場では例えば秋田県の
160 1964(S39).10.1 村制 南秋田郡大潟村 八郎潟干拓地

160 1964(S39).10.1 地方自治法 南秋田郡大潟村 八郎潟干拓地
と書くことになりますし、沖縄県の
21 1946(S21).6.12 村制 島尻郡南大東村 南大東島

21 1946(S21).6.12 地方行政緊急措置要綱準用の村政の組織 島尻郡南大東村 南大東島
と書くことになります。
#地方行政緊急措置要綱は米軍政府回状第208号(1945.9.12)、村政の組織は米海軍政府指令第58号(1945.12.4)です。

そして市制町村制の時代の「◯◯村 → ◯◯町」の変更種別は「町に変更」([79006]hmtさん)もしくは「町村変更」にするのが妥当だと考えます。
又、市制施行に関しましては、例えば滋賀県の
44 1937(S12).2.11 新設/市制 彦根市 犬上郡 彦根町, 松原村, 青波村, 北青柳村, 福満村, 千本村

44 1937(S12).2.11 新設/市制 彦根市 犬上郡 彦根町, 松原村, 青波村, 北青柳村, 福満村, 千本村
のままです。

ただ、問題となるのが、地方自治法施行以降の記述です。地方自治法下では「市制」、「町制」、「村制」という制度はありません(市となる手続き、町となる手続き、村となる手続きがあるに過ぎない)ので、「市制」、「町制」、「村制」という表現を使えないことになります。
例えば、岩手県の
109 1972(S47).4.1 新設/市制 二戸市 二戸郡 福岡町, 金田一村

109 1972(S47).4.1 新設/市に変更 二戸市 二戸郡 福岡町, 金田一村
となり、沖縄県の
35 1953(S28).10.1 市制 真和志市 島尻郡 真和志村

35 1953(S28).10.1 市に変更 真和志市 島尻郡 真和志村
とした上で琉球政府市町村自治法によるという脚注を入れることになるのでしょうか。

【追記】
地方自治法施行以降のみならず市制町村制の時代でも「町制」という表現を使えないため、例えば茨城県の
47 1940(S15).4.29 新設/町制 那珂郡勝田町 那珂郡 中野村, 勝田村, 川田村
では
47 1940(S15).4.29 新設/町に変更 那珂郡勝田町 那珂郡 中野村, 勝田村, 川田村
と書くことになります。
[104104] 2022年 3月 24日(木)15:23:09むっくん さん
hmtさん
hmtさんの訃報に際し、心から哀悼の意を表します。
直接お会いしたことはありませんでしたが、落書き帳では私の初書き込み[48851]に対する[48995]のhmtさんの書き込みが、初めての絡みでした。それ以降も、香川県の渇水、法令全書、十島村、大野郡、日本の自治制度(とりわけ明治期から昭和22年までの自治制度)などで、様々な遣り取りをしたことを思い出します。

[95633]を初めとして温かみのある記事、そしてhmtマガジンでも一部採用された多彩な連載記事を書かれておられ、おそらく現在も天国で新たな連載記事の構想を練られておられることと思います。

あらためて、心よりご冥福をお祈りいたします。
[104103] 2022年 3月 24日(木)14:10:40【1】訂正年月日
【1】2022年 3月 24日(木)14:13:51
むっくん さん
ロータリーコレクション
[103267]あきごんさん

ロータリーコレクションで挙げられている岐阜県岐阜市薮田南のロータリーが3/14午前10時よりラウンドアバウトになりました。
[103800] 2022年 1月 14日(金)15:56:43むっくん さん
十番勝負
問五:竹原市
[103792] 2022年 1月 13日(木)23:38:32むっくん さん
十番勝負
問四:室蘭市
問五:砂川市
問七:大和郡山市
[103780] 2022年 1月 13日(木)13:00:49むっくん さん
十番勝負
問一:米原市
問二:草津市
問三:湖南市
問四:阿南市
問五:稚内市
問七:近江八幡市
問八:池田市
問九:京丹後市
[103421] 2022年 1月 2日(日)15:33:17むっくん さん
十番勝負
問六:北九州市


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