[26983]烏川碧碧さん
[26997]拙稿
熊谷市・行田市・妻沼町・南河原村のGJ疑惑地点に行ってまいりました。
ちなみに、散歩のついでといった程度で、調査といえる代物ではありません。
また、どうしても口頭での説明に終始せざるをえないので分かりにくいと思いますが、ご了承ください。
自分でHPを開いていれば「掲載したので見てください」で済みますし、写真なども利用できるのですが・・・
まずは地図ですが、再び該当部分をリンク表示します。
http://www.its-mo.com/emmctl2.htm?ENC=lBI4bf1%2BywFH0TSxjolYY1xaSSuoFmZ9rY0tifdfYa%2Bl0rftjY4BDIPjB1fnXVcquzCFn%2FCoP0DVYwERHQ5tL0pen5xkUYWXo%2BGpm%2F59R6dKFBXwqdkAJSQi9DUKrG1rtmrB7ywXXyLuIFm2%2F%2FRy6rEK2qbm30a3mg22%2BNKlkKKMO%2FEelNRPllWmlbpvTCwEdbd3K%2BsdoRANihFUSgLQrxWnbnMByHu2i%2BnDk4Gb80rU6nWqCUB3tvmrXhpSLCVW4l6LkgNVhJ%2B24EUMZ%2BrdLRNexdEQu7LB
この地図、100m単位まで拡大が利いて重宝したのですが、通行が困難なオフロードの道までも表示されてしまっているのが難点。
1、妻沼町の突き出し部分
妻沼・行田の境界は通常時の小さな堤防で、オフロードです。自動車の通行はお勧めできません。
妻沼・熊谷の境界(に沿った道)が大きな堤防になっています。
この堤防の中の窪みが妻沼町域に当たり、いわば増水時の為の余地なのですが、畑になっています。人家はなし。
増水した時に熊谷市の人家への被害を防ぐために、妻沼町域が犠牲になる、という構造。
妻沼町域は、堤防が境界のため「目で確認できる」感じです。
2、行田市の妻沼町側に突き出た部分
この部分にも人家はありません。その外し方は見事です。
ここも畑ですが、一番突端のあたりは、産廃置き場になってしまっています。
この行田市域には、用水路の調節機能が集約されています。地図の、道の繋がっていない橋のようなもの2箇所がそれです。
また道路の下を用水路がくぐっている部分はレンガ造りのしっかりした隧道で、「明治三十六年四月竣功」の文字も確認できました。
この部分に関しては、詳しいページがありましたので紹介しておきます。
http://www1.odn.ne.jp/fukadasoft2/renga/kitagawara/
3、南河原村の「用水路の対岸にある謎の三角地帯」
4、熊谷市の「突端のY字交差点」部分
さて問題はここからで、この部分に関しては謎が深まるばかりでした。直線的な用水路と、それとは無関係に引かれたこれまた直線的な市町境。
ここで、私は一つの推測を立てました。
ここの用水路は「北河原用水」。名前からも分かる様に、恩恵は行田市(旧北河原村)にあるといえます。
そのため、分岐・調節に関連した施設の部分を全て管理することを意図して行田市域(旧北河原村域)が決まった。そして消去法という形で南河原村、熊谷市、妻沼町の区域が決まったという考えです。
単純に用水路に沿って線が引ける可能性があるのに、行田市がこれを乱している、というのが私の感想でした。ちなみに、GJを意図するものではありません。
用水沿いには菜の花がずっと植えられていて絵になる風景だったのですが、産廃らしきものも結構あって興ざめでした。
駄文失礼。うまくまとまっていないのは承知です。