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むっくんさんの記事が1件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[109895]2024年1月20日
むっくん

[109895] 2024年 1月 20日(土)19:09:13むっくん さん
Re:市町村変遷情報への情報提供
[109886]サヌカイトさん
高知県の施行以降の情報において、1904年における瓶岩村から天坪村への境界変更の日付が不明
(略)
1904(M37).4.16のようです。
大豊町史近代現代編第一章51コマ(57頁)でも
明治三十七年四月十六日、瓶岩村であった樫の谷・北滝本・穴内・繁藤は天坪村に編入され、天坪村であった中村大王は東本山村に編入された。
とあります。
以前オーテピア高知図書館を訪れた時に、高知県公報の一部を切り抜いた「池川町役場所蔵資料」を撮影したもの([99887]MIさん)を拝読しましたが、根拠となる高知県告示は掲載されていませんでした。同時期に訪れた高知県公文書館(令和2年開館)では公開されている高知県公報は約10年分しかありませんでしたが、高知県公報を順次公開していくとのことでしたので、いずれかには明治37年の高知県公報も公開されることと思います。

福岡県の施行以降の情報において、1889年における金川村及び立石村の分立の日付が不明となっていることに関して、1981年出版の「甘木市史 下巻」73ページ(58コマ)や、1984年出版の「朝倉風土記」589-590ページ(329コマ-330コマ)に記述がありますが、2つの資料相互に、さらには[83568]でむっくんさんが示した官報とも齟齬が生じているため、現時点では確証を得られずにいます。
この時の官報については、公告ではなくて広告ですので、法的効力を一切持たず、参考情報として扱うのが適切です。以前福岡県が作成していたエクセルファイルでは、一方が1889年9月30日でもう一方が1889年9月であったと記憶しています。
おそらくこの齟齬は、法的な分立の施行日と実際に分立が為された日の差であると思いますので、[99300]MIさんにあるように、福岡県公報搭載の福岡県告示を探す必要があります。


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