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地名コレクション 「松原」コレクション
編集:EMMさん

「○○松原」コレクションです。
日本国内には無数の松林が見られますが、その中でも海岸、河岸にある松林のなかには「○○松原」という名で呼ばれているところが各地で見られます。
海岸の松原は防砂・防風、河岸の松原は治水の役割を果たしており、先人が長い年月をかけて植林し、育て、守ってきたものです。
景観的にも見事なものが多く、日本の原風景として広く親しまれてきました。
現在でも昔ながらの状態のまま残っているところもありますが、多くは周辺の都市化・開発が進められており、ごくわずかな区域を残すのみであったり、ほぼ消失してしまったりしたところもあります。
そのため、ここでは次に当てはまるものをリストアップしています。

1.必ず○○松原という名称であること。
2.海岸、または河岸にあり、防風・防砂・治水目的で植えられた、または手を加えられたと見なされること。
(内陸に位置していても、元々は海岸にあったが埋め立て等により内陸部になってしまった事が明らかな場合は可)
3.今でも何らかの形で○○松原由来の松林・松並木が残っていること。


コレクション数=55件

青森県所在地備 考
淀の松原よどのまつばら八戸市関連記事[65243]
種差海岸の景勝地で、遊歩道が整備されている。大正時代に地元の青年団により植栽されたものとのこと。
岩手県所在地備 考
高田松原たかだまつばら陸前高田市 
宮城県所在地備 考
余景の松原よげのまつばら東松島市 
名取の松原なとりのまつばら名取市参考サイト
秋田県所在地備 考
風の松原かぜのまつばら能代市日本最大の松林、と言われている(参考記事[44760])。その歴史は藩政時代にまでさかのぼることができるが長らく特定の名称は無く、昭和62年に公募により「風の松原」と命名された。(参考サイト
夕日の松原ゆうひのまつばら潟上市〜秋田市関連記事[36904]
天王町の出戸浜から秋田市飯島にかけて広がる海岸松林。秋田県秋田総合農林事務所(現・秋田県秋田地域振興局農林部)によって愛称の公募が行われ、平成13年に命名された。防砂林としての歴史は藩政時代にさかのぼるようである。
山形県所在地備 考
万里の松原ばんりのまつばら酒田市都市化が進んでおり、残った部分の一部が光が丘公園として整備されている。
福島県所在地備 考
舟戸松原ふなとまつばら南相馬市鹿島区北海老字釜舟戸付近の海岸に広がる松原。北辺の断崖上にはマルシャリンバイの群生地がある。
埼玉県所在地備 考
草加松原そうかまつばら草加市札場河岸公園旭町2丁目南側間の旧日光街道沿いに広がる松並木。
茨城県所在地備 考
童子女の松原おとめのまつばら神栖市愛し合う男女が松の木に変身したと言う常陸国風土記中の伝説が名前の由来。図示した付近は公園として整備されている。(参考サイト
千葉県所在地備 考
磯の松原いそのまつばら千葉市この近隣はかつて遠浅の砂浜と松原が広がっていたが、相次ぐ開発と海岸埋立により昭和30年代にほぼ無くなってしまった。昭和56年、千葉市制60周年を記念して「磯の松原造成事業」が計画され、人工砂浜「いなげの浜」に市民の手によって6万本の松が植栽された。(参考ページ)また、かつての海岸松原の名残の松は稲毛公園に残っている。
東京都所在地備 考
式根松原しきねまつばら新島村(式根島)参考サイト 石白川海水浴場付近のみでなく、島の広範囲に広がる松林全体を指すのかもしれない。
新潟県所在地備 考
越の松原こしのまつばら佐渡市Yahoo!地図 関連記事[33213]
富山県所在地備 考
古志の松原こしのまつばら富山市 
福井県所在地備 考
気比の松原けひのまつばら敦賀市一夜にして松原が出現し異賊の侵入を防いだという伝説があり、この伝説から「一夜の松原」と呼ばれることもある。関連記事[58771]参考サイト
青の松原あおのまつばら大飯郡高浜町参考サイト
静岡県所在地備 考
千本松原せんぼんまつばら沼津市 
三保松原みほのまつばら静岡市天の羽衣伝説
岐阜県所在地備 考
千本松原せんぼんまつばら海津市宝暦治水工事の際、薩摩藩士によって植えられた松原。
三重県所在地備 考
阿児の松原あごのまつばら志摩市 
滋賀県所在地備 考
千々の松原ちぢのまつばら彦根市 
京都府所在地備 考
日間の松原ひまのまつばら京丹後市関連記事[41964]
久美の浜海岸(海岸コレクション)/丹後砂丘(砂丘コレクション)に広がる松原。松原が広がる砂嘴は天橋立に習い「小天橋」とも呼ばれる。
大阪府所在地備 考
黒崎の松原くろさきのまつばら泉南郡岬町平安時代、紀貫之が土佐日記の中に書き記した松原。岬町淡輪の黒崎付近から東側には現在も松原が残っている。ただし、現在では「黒崎の松原」と呼ばれることは無いようである?
兵庫県所在地備 考
雀の松原すずめのまつばら神戸市関連記事[59088]
かつて魚崎の浜辺一体に広がっていた松原。仁徳天皇の御名代部を率いた雀部朝臣(ささべのあそん)がこの地に勢力を張っていたことが由来とされる。「源平盛衰記」にも名所として名が出てくる景勝地だったが、都市化が進むとともにほぼ全てが失われ、現在は魚崎西町四丁目3番地にある「魚崎西町ちびっこ広場」の中に名残の松2本とかつての姿を詠んだ歌碑2つが残るのみである。参考サイト
加古の松原かこのまつばら加古川市古文書などに見られる、播磨国の海岸にあったとされる松原。浜の宮公園や浜宮天神社に見られる黒松がその名残と言われている。浜宮天神社には菅原道真お手植えと伝えられる「加古の浜松」(2代目)もある。参考サイト
慶野松原けいのまつばら南あわじ市 
島根県所在地備 考
屋那の松原やなのまつばら隠岐郡隠岐の島町 
広島県所在地備 考
西松原にしまつばら廿日市市厳島神社の西側に位置する松原。清盛神社の参道でもある。
山口県所在地備 考
阿武の松原あぶのまつばら萩市菊ヶ浜付近の松原のかつての名。古くは和歌の歌枕として詠まれている(ただし、歌枕に詠まれたのは福島県伊達市付近にかつて存在した「阿武の松原(あうのまつばら)」であるとも言われる)。長州藩のお抱え力士であった第6代横綱・阿武松緑之助のしこ名の由来の地でもある。
鞠生松原まりふまつばら防府市関連記事[33521]
元々は海岸にあったが、埋め立てにより海岸線が移動し、現在は内陸部に位置している。室町時代には大内義弘がこの地に足利義満をもてなすための旅館を建てている。また、幕末、薩長の倒幕軍が集結した地でもある。
現在は都市化が進んでおり、厳島神社の社叢など一部を残すのみである。
i糸根の松原いとねのまつばら山陽小野田市かつては沿岸の砂州上に広がる松原であった。現在は糸根公園として整備されている。山陽小野田市指定文化財。
徳島県所在地備 考
大里松原おおさとまつばら海部郡海陽町同名の字名がある。
香川県所在地備 考
白鳥の松原しろとりのまつばら東かがわ市関連記事[35418]
日本武尊伝説が伝えられる白鳥神社の北側に位置することからこの名で呼ばれる。
白鳥神社の松原、三里松原とも呼ばれる。
津田の松原つだのまつばらさぬき市 
観音寺松原かんおんじまつばら観音寺市「銭形」の周辺。琴弾公園として整備されている。
高知県所在地備 考
琴ヶ浜松原ことがはままつばら安芸郡芸西村 
種崎千本松原たねざきせんぼん
まつばら
高知市 
入野松原いりのまつばら幡多郡黒潮町 
大岐松原おおきまつばら土佐清水市大岐海岸周辺に見られる松原。
福岡県所在地備 考
三里松原さんりまつばら遠賀郡岡垣町 
さつき松原さつきまつばら宗像市 
花見松原はなみまつばら福津市〜古賀市 
古賀松原こがまつばら古賀市市街地化が進む。
盾の松原たてのまつばら糟屋郡新宮町新宮松原とも。
奈多の松原なたのまつばら福岡市海の中道にある松原。
地蔵松原じぞうまつばら福岡市Yahoo!地図 かつては多々良川河口から筥崎宮までの海岸沿い一面に広がっていた。
現在は都市化が進み、地蔵松原公園などにその名残を残すのみである。
箱崎松原はこざきまつばら福岡市かつては筥崎宮から御笠川河口までの海岸沿い一面に広がっていた。地蔵松原と併せて「千代の松原」とも呼ばれた。
現在は都市化が進み、千代東公園と筥崎宮の社叢、および九州大学構内の一部にその名残を残すのみである。
百道松原ももちまつばら福岡市かつては百道浜沿い一面に広がっていた。「紅葉松原」とも呼ばれた。
現在は海岸が埋め立てられて都市化が進み、西新・百道の町内に江戸時代からの松がわずかに点在して残っているのみである。
現在、百道松原の復活を目指した市民有志の手によって植えられた松原がシーサイドももち海浜公園に見られる。(参考ページ:NPO法人はかた夢松原の会
生の松原いきのまつばら福岡市 
大原松原おおばるまつばら?福岡市今津松原、今津長浜松原とも。
幣の松原にぎのまつばら糸島市 
佐賀県所在地備 考
虹の松原にじのまつばら唐津市虹ノ松原とも。
相賀松原おうかまつばら唐津市関連記事[33521]
鹿児島県所在地備 考
くにの松原くにのまつばら曽於郡大崎町 
なごりの松原なごりのまつばら熊毛郡屋久島町宮之浦港の入り口にある。宮之浦港を出港する船を見送り名残を惜しんだ場所であったため付けられた名のようである。戦後間もない頃までは現在よりも広大な規模であったらしい。現在は公園として整備されており、屋久島が世界遺産に登録された際に記念碑が建てられている。


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